きっかけは、

南さつま市の消防本部に勤める救急救命士の方が止血に関する講習を受けたときです。

止血帯(間接圧迫)による止血方法とその課題

従来の止血帯法では、止血部位に布を巻き、その間に棒状のものを通してから出血が止まるまで棒を回します。

出血が止まったのを確認できたら、巻いてある布でその棒を固定するのですが、

それが難しい。

※動画の出典元
Yagoto RedCross News 病院長公認名古屋第二赤十字病院動画ニュース
 赤十字救急法基礎講習・止血帯による緊縛止血法[三角巾とターニケット]

有事の際、止血のための棒を一人でずっと押さえているわけにもいかないし…

講習を受けていても難しいのに、普段から講習を受ける機会の少ない市民の方ではもっと難しいだろう。
ましてや、大量の出血を目の当たりにして気が動転している状況ではなおさら難しい。

何かこれを解決できる方法はないものか。
考えを巡らします。

市販品もあるけど…そのコストは地味に痛い

市販品でターニケットというものがあるけど
正規ルートで買うと1万円ほど。

しかも、このターニケット、複数回の使用による血液感染の可能性を考慮し、販売元は使い捨てを推奨しています。

確かに使いやすいけど、
地方の行政にはお金がない!!!

頻繁に使うものではないけど(そうでありたい)、
高いターニケットをたくさん常備しておくことはかなりの負担。

※ ターニケットの画像出典元 Amazon

まち(南さつま市)の課題をまとめると

大きく分けて二つあります。
① 止血帯法を市民の方に知ってもらいたいけど、従来の方法だと止血後の棒の固定が難しく普及のハードルが高い。
② 市販品としてターニケットがあるけど、財政厳しい地方の行政で十分な数を用意するのことは経済的に大変である。

これらをなんとかして解決できないものか。
鹿児島は来年国民体育大会の開催地となっているし、東京ではオリンピックもおこなわれる。

大きな催しの際に、心配なのは大規模テロ。

テロを起こさせないことも大切だけど、
テロが起きたあとの被害軽減も大切。

今回、このような課題に対して、学校と行政、民間の病院が連携して考えました。

廃材で、市販品で…でもちょうど良いものがない!

ターニケットのように、一般の方がより簡単に止血をおこなう器具が身近なところにないだろうか?

いろいろなところを回って、廃材(写真1枚目)や市販品であるC字型フック(写真2枚目)を試しました。

でも、廃材では衛生的に心配だし、市販品のCフックも側面の高さが低すぎて止血後の棒を上手く固定することができない。

ん?ここに3Dプリンタがあるじゃないか!!

そういえば、鳳凰高校には

みんなの味方「3Dプリンタ」

がある!

この3Dプリンタを使えば

止血のためのC字型のフックを欲しい大きさで作成できる!!

そんな期待を持って止血に使うためのフックの作成に取りかかりました。

さぁ!設計だ!

フックのかたちは、ものすごく単純。

C字型フックのかたちをスケッチで描いて立体をつくるだけ。

Fusion360を使えば、鼻歌を歌いながら設計できます。

鼻歌が終わる前に…

設計から出力まで完了!

市販品であるCフックの側面の高さよりも2倍くらい高く設計して、厚みも少し厚くしました。

もちろん、鼻歌なんて奏でなくても設計はできます。

ユーザー視点で、安心できるかたちを探る

発案とか設計とかした人は、これで大丈夫!
って思うけど、

実際に使用するのは、フックが丈夫かどうかも分からない一般の人たち。

いくつか試作品をつくって

一般の方が使用するときに、
「なんかこのフック折れそうだなぁ」
と不安を抱いてしまっては、もともこもない!

フックの厚さを3~5ミリ、
フックの充填率も20~100%、
で変えて、それぞれのフックで耐久性や使用感を検討しました。

※ 写真は試作品の例
写真上段向かって、左から3ミリ厚で20%、3ミリ厚で50%、3ミリ厚で100%
写真下段向かって、左から4ミリ厚で20%、4ミリ厚で50%、4ミリ厚で100%

厚さ5 mmが1番安心できるかな?

厚さや充填率などの条件を変え、フックを3Dプリンタで出力して、

「3ミリは厚さとしてかなり不安だよね」
「4ミリもちょっと…」

そんな感じの話をしながら、止血帯法を実践。

検討の結果、
5ミリなら厚さとしても十分だし、止血にも問題ない!
ということに。

医師の方からもアドバイスを受ける

じゃあ、医療現場の方はどう思うだろうか?

本当にこのフックが有用なのかどうかは私たちだけでは判断できません。

そこで、止血に関する講習を担当した鹿児島市の米盛病院の医師に見ていただきました。

返ってきた反応は
「これはすごい!医学会でも発表できる発明だよ!」

意外な返答に我々も動揺。
て、手が震えるぜぃ。

命名!「希望のMYフック」

医療現場の医師の方にも認めていただいた止血のためのこのフック。

名前がないと寂しかろうということで
つけた名前は

希望のMYフック

希望は、希望が丘学園鳳凰高等学校から
MとYは、南さつま市・米盛病院のアルファベット表記の頭文字から
それぞれ取って命名しました。

作成を本格始動!

まずは、南さつま市の消防本部で使いたい
ということから、

鳳凰高校にある3Dプリンタをフル稼働して、希望のMYフックを出力!

ターニケットと合わせて、このフックを配備してもらいました。

念には念を。引張試験

どこまでいっても気になるのは
人命救助の際に、フックが壊れないかどうか。

もちろん手で引っ張っても壊れないけど、
ちゃんとしたデータは欲しい。

ということで、
鹿児島県工業技術センターで引張試験を実施。

引張破断強度は暫定値で280N( ≒ 28.56 kg)!
※ 希望のMYフック:厚さ5ミリ・充填率30%の場合

つまり、棒をこのフックにひっかけたときに、28 kg程度の力までなら耐えるということ。
これだけの強度があるなら、棒を引っかける程度の力では壊れないよね。

さらに検討を重ねる

希望のMYフックの完成後も、
さらに、救命救急士の方と生徒とで、従来の方法との違いやその使用方法について検討を重ねました。

従来の方法では2分かけても、なかなか止血できません。(止血できたかどうかの確認にはパルスオキシメーターを使用)

しかし、希望のMYフックを使えば、初心者でも45秒ほどで止血したあとの棒の固定まで完了!

あらためて、これはすごい!!!

止血はんぱない! 希望のMYフックの使用方法

さて、気になる希望のMYフックの使用方法はこんな感じ。

動画を見ていただければ、止血固定が簡単であることがわかってもらえると思います。

気になるコストは?

「止血のあとの固定が簡単になったのはわかった。理解した。」

「でも、気になるそのお値段はどうなんだ?」

そんな疑問を持つ方もおられるでしょう。

なんと!

今回の希望のMYフックは
1つ20~30円でつくることができます!
※ 原材料費のみ
※ フックの厚さ5ミリ・充填率30%で、重量約12gの場合

使い捨ててしまうターニケットが約1万円であることを考えると、非常にコスパが良いのを数字で実感していただけるだろう。

多くの方のもとへ届きますように

個人にできる一つ一つのことは、ほんとに小さいことかもしれないけど、みんなで協力すれば、より大きなスケールで夢を実現できる。

メンバーの誰かが欠けたら実現にいたらなかったであろう今回の取り組みでそれを痛感しました。
写真は希望のMYフックの発表会の様子です。

南さつま市だけでなく、
希望のMYフックの3Dデータがインターネットを通じて、日本全国、さらに遠い外国の地にも届き

現地の方がこれを使用して普及させてくれたら

簡単!
迅速!!
低コスト!!

で、経済的に苦しい人でも身近な人の大切な命を守ることができる。


そんな時代が来たらいいなと思いませんか?

メディアに取り上げていただきました。

発表会にはNHKさんを始めとした地元のメディア関係者の方に来ていただきました。

NHKさんの記事

MBCさんの記事

使用は、講習を受けてから

最後に

このレシピは
止血の際に、必ず希望のMYフックを使いなさい!
というものではありません。

救命救急の現場では、止血を含め、状況に応じた行動が求められます。

このレシピを読んだ人に「救命講習を受けようかな…」と思ってもらえることが私たちの願いの一つです。

いくら止血帯法の一部が簡単になったからといって、希望のMYフックの使い方を間違えれば助けられる命を失ってしまうかもしれません。

あくまで、希望のMYフックはツールの一つです。
そのツールを使いこなすためにも、ぜひ救命講習を受けてもらいたいなと考えています。

単なるツールであるこのフックが、目的にならぬよう願うばかりです。

気になるデータはここからダウンロードだ!


希望のMYフック 標準STLデータ

5mm_hemostasis_instrument.stl

希望のMYフック 鳳凰オリジナルSTLデータ

5mm_hemostasis_instrument_hooh.stl