For whom:対象者
50代女性。新婚生活を送る中で、脳梗塞を発症し左半身麻痺となりました。加えて、2型糖尿病という既往歴も抱えています。インスリン注射必要であり、毎食前に血糖測定を実施しています。
現在、リハビリテーション病棟に入院中。配偶者への負担軽減を強く希望し、リハビリに対して非常に意欲的な姿勢を見せています。
Why:なぜ作ろうと思ったのか
血糖測定とは
糖尿病患者にとって、血糖自己測定(SMBG)は、日々の血糖コントロール状態を把握するための必須ツールです。測定値に基づき、インスリン投与量や食事内容、運動量などを調整することで、適正な血糖値維持が可能となり、合併症のリスクを低減することができます。
血糖測定器について
糖尿病における自己血糖測定は、良好な血糖コントロールを実現するための重要なプロセスです。しかし、脳梗塞による片麻痺、骨折、リウマチなどの疾患により、上肢機能に制限がある場合、自身で血糖測定を行うことが困難になるケースも少なくありません。既存の血糖測定補助具は、スタンド型ではない、安定性に欠ける、対応機種が限られるといった課題を抱えており、全ての患者さんのニーズを満たしているとは言えない状況です。
3Dプリンターでつくるきっかけとなったことは
対象者が使用している血糖測定器は、補助具のない測定器のため、退院後は家族が対象者に対して血糖測定を手伝う予定でした。 「家族には負担をかけない。」という対象者の思いがあり、両手が使えなくても補助を行う事で対象者の「できること」が増えればと思いました。今回は、家族に教えてもらいながら、自宅にあった3Dプリンターで作品が出来上がることができました。
HOW:どのように作成したか
血糖測定器は、表面に滑り止めなど無くなりやすい形状です。対象者は杖での歩行練習などにより健側(麻痺ではないほうの腕)の手関節に痛みがあり、また親指の付け根も負担がかかっているのであまり負担をかけれない状態でした。そのため、手指に負担がないようにスタンド型が良いのではないかと考えました。スタンドの血糖測定器補助具はいままでどの業者も作成していないため、今回作成することで他の血糖測定器の寸法を測定することで様々な血糖測定器でも同様にスタンド型ができる基礎となればよいと思います。
寸法測定
対象者が元々使用していた血糖測定器をお借りして、ノギスで測定しました。
10㎜ピッチで多数測定してできるだけ正確な形状を把握することに注意しました。
3D CADを用いて設計
今までにスタンド型の血糖測定補助具はなかったため、0からの作成。
パソコンも苦手なわたしが、使用したこともないCADを使うのは初めてのことがたくさんあり、試行錯誤しながら1日かけて設計しました。
3Dプリンターで造形する
造形するために使用したマシンはVZbot(OSHW)を使用しました。
フィラメントは、PETG-CFを使用しました。
使用時に想定される環境下温度に対する耐熱性が十分で靭性が高くて層間強度が高いため壊れにくく、
CF入りなので積層が目立たず美観も優れているため採用しました。
【造形情報】
造形時間:約60分
外周:4ライン(強度UPに直結)
インフィル:20%(内部密度)
底部:4層(底面の強度)
上:5階(上面の強度と形状)
工夫・修正した箇所①
針を装着する際に、ペンの最上部(写真参照)がでるため(出る理由は、針を捨てす際にそこを押して針を押し出すため)スタンドのペンを設置するところにも逃がしをつくりました。
工夫したこと②
血糖測定器を設置する際に立てかけるように傾斜をかけて座った状態で目線から見やすいように工夫し、傾斜をかけるため、設置部分の裏面に強度をつけるためリブをつくりました
工夫・修正した箇所③
・角は、丸みをつけることでけがをしにくい形状に配慮しました。
・血糖測定器、穿刺器具を入れるときに、簡単に入れやすいようにしています。
(手の制御が効きにくい方でも入れやすいようにテーパー形状(すり鉢状)にしています)
・安定感をさらに高めるために、フットプリント(底面積)を大きく取りました。
周りの人に協力してもらい実使用調査した結果、老若男女、年齢どんな人でも問題なくスムーズに設置しやすいという感想を得られました。
対象者に実際使用してもらい確認
実際に使用してみると、どうしても滑って動いてしまうことがわかりました。
対策として、土台の裏側に滑り止めを貼りました。
これによって、滑ることもなく片手でスムーズに運用が可能になりました。
対象者も非常に満足しておられました。
対象者は自分一人で作業を完遂できることにとても喜んでいました。
今回の自助具によって作業性の向上を目的に制作しましたが
結果的には、対象者の心理的ストレスも軽減することができました。
1つの自助具で2つのメリットが得られることに気が付きました。
STLファイル
STLファイル
Outcome:自助具によって変化した対象者の生活
自分でできないとあきらめていた血糖測定が、誰の力も借りることなく、自分で実施ができるようになりました。またそれだけでなく、あきらめていた血糖測定ができるようになったことで様々なことに前向きに取り組んでくれるようになりました。リハビリの時間だけでなく、自主トレーニングも毎日活発に行うようになりました。一つの道具にしか過ぎないと思っていた血糖測定補助具ですが、実際使用した対象者にとっては、退院後の生活をよりよくし、退院後の生活に不安を感じていた対象者の背中をそっと押してくれる道具になったかと思います。
自助具作成を通して得た学びと課題
病気や不慮の事故により身体が不自由になる方はたくさんいます。手軽に使用でき、また個別で作成できる3Dプリンターは、今後の医療現場に大きな活躍があると思います。今回このような機会を作っていただいた対象者に感謝し、自助具を作成する必要のある方に対しても今後も作成していきたいと思います。当病院では、セラピスト(理学療法士、作業療法士)が多く在籍していますが、まだ3Dプリンターを使用できる方がいないため、勉強会を開催したりして、看護師の知識だけでなくリハビリの方の知識も組み込んだ自助具作成を目指していきたいと思います。
最後にコンテストへの参加を後押ししてくれた家族、職場の皆様に感謝を申し上げます。