生分解性プラスチックとの出会い

生分解性プラスチックは、普段よく見るプラスチックとは違い、微生物の力で分解されるプラスチックです。 そんな生分解性プラスチック「FORZEAS™ 」(フォゼアス)を使用したフィラメントの存在を聞き、「身体の変化に合わせて作り変える必要のある自助具を、生分解する素材で作れたら地球に優しいのでは?」というアイデアのタネが生まれました。

生分解性プラスチックは自助具に必要か?介助現場の方たちと議論

4人の介助者に集まっていただき、生分解性プラスチックを自助具に使える場面がありそうか議論し、アイデアを一緒に出し合いました。 様々なアイデアが出ましたが、最終的にトライアルするアイデア2つに絞り込みました。 話し合いの結果、生分解性プラスチックの環境に優しい点を活かして「清潔さを保つために、一定期間で作り変えられると良いもの」であることが共通するポイントとなりました。もう一つのアイデア「ひと夏のための扇子」はこちら

「ピルミル付き服薬自助具」ができること

服薬の際に被介助者が薬を落としてしまい、薬を正しく飲んだか事故につながることがあると介助者のみなさんから伺いました。現状の対策は「被介助者の口に直接入れる」「服薬できているか一部始終を見守る」などですが、自分で飲みたがる方や見られることを嫌がる方もいるとのこと。この点を解決できれば、自分で服薬できることで被介助者の自尊心を守り、介助者の負担軽減にもつながるのではと考えました。
口をつける道具になるため、強度が弱くなってきたら生分解させることで衛生的かつ環境に優しい自助具になるのではと考えています。

ご協力いただいた皆さま

未来をつくるkaigoカフェの皆さまに、ヒアリングとアイデア出しでご協力いただきました。 未来をつくるkaigoカフェは、原則として月1回、都内のカフェで開催しています。 毎回介護医療等に関するテーマをもとに、ゲストの方にお話を伺ったり、参加者でグループワークを行ったりと、多職種がつながり、多くの学びと気づきの得られる「対話の場」です。(WEBサイトより抜粋)
(ご紹介は順不同)

特定非営利活動法人 未来をつくるkaigoカフェ代表 高瀬 比左子さん

介護福祉士・社会福祉士・介護支援専門員。大学卒業後、介護の道へ。介護業界での対話の場の必要性を感じ、平成24年よりケアマネジャーとして勤務しながら「未来をつくるkaigoカフェ」をスタート。介護関係者のみならず多職種を交えた活動にはこれまで3万人以上が参加。通常のカフェ開催の他、小中高への介護の出張授業、専門学校や大学でのキャリアアップ勉強会や講演、kaigoカフェファシリテーター講座を開催。ファシリテーター講座を通じて全国に50ほどのkaigoカフェが立ち上がる。現在は活動の枠を広げ、介護業界で働く人をつくる、育てるため、行政や企業との協業や介護事業者向けの人材開発の事業を行っている。

株式会社 介護コネクション 代表取締役 奥平 幹也さん

1974年、沖縄県生まれ。 大学卒業後は不動産のコンサルティング会社に11年勤務。2012年2月、株式会社介護 コネクション設立。 介護の現場に入りながら、自身が大学進学に活用した新聞奨学生の経験から、新聞奨学制度の介護版「介護インターンシップ型自立支援プログラム『ミライ塾(現ミライ道場)』」を立ち上げ、経済的な理由で進学が困難な学生の進学支援に取り組む。

YouTube「東京介護士の日常」 工藤勇希さん

1990年、東京都生まれ。介護福祉士。訪問介護9年目。幼少期から祖父母と密接に関わっていた経験から福祉職に興味があり、20代前半でデザイン職から介護の道へ転身。 現在介護福祉士として現場に従事しながら、業界を盛り上げるべく若者や他業種の方の興味に繋がる視点からYouTube「東京介護士の日常」にて自身のリアルを発信。

車大好き旅する介護福祉士 藤田直人さん

介護福祉士として約4年半ほど特別養護老人ホームに勤務後、定期巡回随時対応型訪問介護看護に約1年勤務。現在埼玉県鶴ヶ島市内にある特別養護老人ホームのショートステイにてユニットリーダーを務める。

コンセプトをまとめてデザインを起こす

介助者のみなさんとアイデアを出し合った「ピルミル付き服薬自助具」のアイデアをまとめ、ラフスケッチを描きます。 ご協力いただいたみなさんへ共有し、誤っている箇所は指摘していただきました。

1stラフ ミル一体型

アイデア会議で介助者の皆さんと一緒にまとめたアイデアを忠実に再現した初期案。薬を入れて飲むための受け皿部分と、薬を砕くためのミルが一体化しています。「FORZEAS™」の素材メーカーにアイデアと1stラフを見ていただいたところ、生分解性プラスチックの強度だとミルの圧力に耐えられない可能性があるとご意見をいただきました。

2ndラフ コショウミル連結型

ミル部分の強度の問題を解決するため、ダイソーで購入できるコショウミルを組み合わせられる構造を考えました。力がかかるミル部分のみ、誰でも手に入りやすい既成品を組み合わせるというハイブリッド自助具のアイデアです。まずは手近で手に入るコショウミルを活用し、サイズやかたち、コショウミルが使えるかなどを検証するための原理施策を作ることにしました。

データの準備

ラフスケッチをもとに、3次元モデリングツールRhinoceros(ライノセラス)で3Dデータを作ります。 このとき、3Dプリントを見越したモデルにすることが重要です。 サイズ感など大まかな使い勝手を検証するための原理試作を繰り返し、徐々に細かな造形にしていきます。

肉厚やリブ(柱)に配慮することで、強度を高める

見えるところにリブが付いていると美観や使い勝手に影響が出るため、内部に工夫をします。 リブをつけることで、素材が冷えて縮むことによって起きる歪みやズレを小さくできます。(画像は2回目試作のもの)

危険なエッジを丸く

フィラメントを積層して作るFDM方式の3Dプリンターは、下から溶かしたプラスチックを積んでいきます。 モデルを作る時点でエッジ(角)が尖っていると、ヤスリをかけても層ごとの段差があるためつるっとした仕上がりになりません。 エッジに大Rをつけて丸みのある形状にすることで、よりつるっとした仕上がりになります。(画像は試作2回目のもの)
※エッジをオフセットしたラインでカットし抜けた部分をブレンドします。
※フィレットというコマンドで簡単に仕上げることもできますが、単純な形でないとエラーが出ることがあります。

クリアランスに配慮して噛み合う形に

FDM方式のプリンターはプリント精度が低いため、噛み合わせたい構造(蓋など)の隙間(クリアランス)を1mmずつ程度余裕を持たせるとうまく噛み合わせることができます。(画像は試作2回目のもの)

初回試作 コショウミル連結型

初回の試作品ができました。 この試作品を使って、サイズ感や使えるものになりそうかをテストします。 簡単にやすりがけをし、介助者の奥平さんにお送りしてご意見をいただきました。

介助者の奥平さんからのご意見

  1. コショウミルの構造で薬を砕くことは難しい
  2. 鼻がぶつかるため、口に当たるノズル部分がもっと長いといい
  3. 全体の大きさはもう一回り小さくて良い
  4. 今回のヤスリがけだとギザギザ(バリ)が残っていて危ない

試作2回目 ミル一体型

いただいたご意見を元にデザインを修正します。 コショウミル連結型からミル一体型に戻し、サイズやノズルの長さなどを修正しました。

CGをご覧いただいた奥平さんからのご意見

  1. 受け皿を変えることで、薬を砕く場合と砕かない場合の使い分けができるといいのでは。
  2. 底が少しカーブしていた方が良いのでは。
  3. 錠剤を上部のすり鉢部分から入れられると良い。受け皿に横から入れるのは入れにくそう。

デザイナー会議で出た意見

試作品を使いながらのデザイナー会議では、下のような意見が出ました。
  1. 錠剤が落ちないよう、網目の真ん中は十字の方が良い。
  2. 網目のフチ寄りの穴は不要そう。
  3. 底がさらに丸い形状だと持ちやすそう。
  4. 粉砕粉が奥にたまってしまうため、受け皿部分の奥行きは狭い方が良い
  5. 錠剤を粉砕するにはかなりの力が必要になる。ネジ構造などを使って弱い力で砕けないか。
  6. 皿のような形状だと端から薬が落ちてしまう。ノズル部分は急須の口のようにしたい。

素材の専門家にもご意見をいただけました!

CGとコンセプトをお見せし、生分解性プラスチック素材の専門家からご意見をいただきました。
  1. 薬を砕くために必要な強度が生分解性プラスチックで出せるかはやってみないとわからないが、厳しいかもしれない。
  2. 生分解のスピードは作り方や形状によって変わる。肉厚にすれば強度が出る分、生分解は遅くなる。やってみないとわからない。

試作3回目

試作2回目でわかった改善点や、いただいたご意見をもとにデザインを修正します。
写真は試作3回目のプリント品です。stlファイルは、少し手直しした現状の最新版デザインです。

ミルを使用する様子
クリックすると動画がダウンロードされます

●前回試作からの改善点
  • 砕くか砕かないかに関わらず薬を上から投入できるよう、蓋部分と受け皿部分にそれぞれ投入口を設置
  • 粉砕中に薬が受け皿へ落下しないよう、網目を調整
  • 粉砕した薬が奥側に溜まり出てこないことを避けるため、受け皿内部の奥行きやサイド面の形状などを調整
  • 底部をより丸みのある形に調整
  • 口の端から薬が落下しないよう、口に触れる部分をノズル状に変更

蓋(ミル)部分

蓋(ミル)部分の最新版データ ※Usages必読
プリントする場合は下部のUsagesを必ずお読みください。
試作3回目の形状から、若干のデザイン修正をしています。

受け皿部分

受け皿部分の最新版データ※Usages必読
プリントする場合は下部のUsagesを必ずお読みください。
試作3回目の形状から、若干のデザイン修正をしています。

介助者の奥平さんからのご意見

  1. 薬は10錠以上ある方もいるため、小さい穴だと入れるのが面倒。
  2. 薬を砕く場合はムラなく砕く必要がある。
  3. 作りや工程をシンプルにするため、構造を3層構造にするのはどうか。構造がシンプルだと洗いやすく衛生的に使える。

●3層構造
①薬の受け皿部分を穴を開けずにすり鉢状にし、そこに錠剤を入れる。
②圧縮用の上部の蓋をネジ状にして、押しつぶして粉状にする。
③すり鉢状の受け皿で細かく砕いた薬を下の受皿にひっくり返して、下の受け皿に落とし、すり鉢状の受け皿がひっくり返してそのまま蓋にする。
④1番下の受け皿(すり鉢がひっくり返って蓋になる)にのった薬を飲み口から飲む。

デザイナー会議で出た意見

  1. 蓋部分の穴はもっと大きい方が良い
  2. 受け皿に薬を入れる投入口はバリで詰まってしまう。データをつくる際に工夫が必要。
  3. 薬に見立てたラムネが網目をすり抜けてしまう。網目のサイズに工夫が必要。

今後の計画

関係者のスケジュールなどの関係で実質2週間程度の実行期間となり、ブラッシュアップの余地がまだまだ残されています。 今後も、今回の試作を足がかりに、現場や専門家の意見を聞きながらアジャイル開発を進めていく予定です。
農業分野などでは新しい社会課題解決に繋がりつつある生分解性プラスチック。 自助具分野でも、生分解性プラスチックはより暮らしやすい世の中を作る手助けになるのでしょうか。 今回のアイデアが評価いただけるようなら「FORZEAS™️」を扱う三菱ケミカルさんにプロトタイプ作成のご協力をお願いしてみようと考えています。

今後確認したい懸念点

  1. 素材に関わらず、ピルミル付き服薬自助具そのものに価値があるか
  2. どのくらいの期間で生分解するか
  3. ギザギザ(バリ)の改善
  4. ミル部分の機構や強度の改善
  5. シンプルな構造・工程の再検討