木彫りの熊は北海道を代表するお土産であり、アイヌ文化とも深く関わってきた歴史的な民芸品でもある。今回、自分で製材した木材を使ってなにを作ろうかと考えたときに、自分が暮らす北海道にゆかりのある木彫りの熊をデジタルファブリケーションのスキルを使って表現できないかと考えた。
- 1920年ごろ、尾張藩の旧藩主たちによって開墾された北海道の八雲に、当時尾張徳川家十九代当主になった徳川義親が訪れ、農民たちの貧しい暮らしを目のあたりにした。ある時彼は海外旅行中スイスのベルンを訪れ、そこで暮らす農民たちが農閑期に木彫り熊を作って観光客に売っている様子をみかける。この産業なら八雲でも同じことができるのではと考え、木彫り熊等の土産品を持ち帰り農民たちに作らせたことが始まりとされている。
- 木彫りの熊が「北海道土産」の定番として定着した頃、高度経済成長期の観光ブームの時代に、地元行政の木彫り品の量産指導に感化され、木彫り熊の生産が盛んだった旭川やアイヌの人たちが多く暮らす白老や平取の工房にドイツ製のルーター式彫刻機「ライヘンバッハ」などが導入されるようになった。
写真1枚目:白老町の彫刻機
写真2枚目:平取町の彫刻機
彫刻機に材料となる角材や丸太、雛型となる木彫りの熊をセットし、レコードのように雛型に針を当てながら動かすことで回転するルーターが連動し材料を切削することで「粗取り」加工していた。
写真3枚目:雛型にした木彫りの熊と粗取りされたもの
(引用:平塚賢智氏製作の木彫り作品について) - 彫り加工のオートメーション化によって北海道中に木彫りの熊が広がっていった歴史を踏まえて、「雛形から複製(粗取り)する」という工程をデジタルファブリケーションで再現できるのではと考えた。そこで雛形となる木彫りの熊を栗山町内で探したが見つからず、メルカリで購入した。(写真は購入した木彫りの熊で、旭川にある「トミヤ郷土民芸」の商品。)
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